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沿革

我が国に近代産業が芽ばえて今日の栄光を得るまでの100年は、正に激動と試練の歳月でした。

その揺藍期において三井の近代化に活躍した朝吹英二、中上川彦次郎、 益田孝等の後援を得て朝吹常吉(後に三越、朝日生命の社長を歴任)によって千代田組は明治42年1月(1909年)に創業し、その後100有余年にわたり、誠実と信頼をモットーにプラントとシステムの専門商社として、我が国の産業発展のため地道な努力をつづけてまいりました。

創業後、明治42年8月、関西産業界への足掛りを築くために、大阪支店を開設し、全国組織への基礎固めを行いましたが、一層の業容の充実をはかるべく、近代産業の重要なる荷い手である芝浦モートルの販売を、芝浦製作所(現(株)東芝)より他に先駆け全面的に委託されました。更に、当時発展への道を歩んでいた鉱工業界へ専門商社として営業活動を展開、大正2年6月(1913年)福岡支店を開設、以後順次販路を拡大し現在の8支店、14営業所に発展すると共に、全国に300店を越える特約店網を整備するに至りました。

大正7年7月(1918年)資本金60万円の株式会社に改組後は、昭和初期の大不況、太平洋戦争等の国家的試練の場を乗り越え、(株)東芝、石川島播磨重工業(株)(現(株)IHI)、(株)椿本チエイン、(株)荏原製作所他300を越す有力メーカーの協力を仰ぎ乍ら90年に亘る長い歩みを経て、現在に至っております。

設備請負、システム開発等長年の電機機械設備取扱いの経験を生かし、電力・鉄鋼・非鉄金属・紙・パルプ・繊維・鉄道・石油・化学・食品向諸設備は勿論、上下水道設備、流通システム、 第三次産業用諸設備等あらゆる産業の基盤である設備を手掛ける一方、電子機器・情報機器・建材・産業資材と取扱い機器・商品の幅を拡げてまいりました。
又、平成4年6月(1992年)国際化に備え英文表示を簡明なCHIYODA CORPORATIONに変更すると共に社章も改め新たな前進を開始致しました。

以上のように我が国経済の発展と共に歩んできた当社はハード・ソフト両面の技術と情報を備え、産業社会に奉仕するオルガナイザーとして、国の内外での未来産業作りに貢献すべく日夜努力を重ねております。

 

1909年(明治42年)1月
創業 現在の銀座四丁目辺りに店を開く
1909年(明治42年)8月
大阪支店(現関西支店)を開設
1912年(大正元年)
芝浦製作所(現東芝)と特約販売契約を締結
1913年(大正 2年)6月
福岡支店(現九州支店)を開設
1918年(大正 7年)7月
株式会社に改組 (資本金60万円)
1935年(昭和10年)5月
資本金100万円に増資
1952年(昭和26年)8月
資本金1,000万円に増資
1958年(昭和33年)4月
資本金10,000万円に増資
1962年(昭和37年)4月
資本金20,000万円に増資
1977年(昭和52年)
情報システム事業を立ち上げ
1992年(平成4年)6月
英文表記と社章を変更
1998年(平成10年)
ベンチャー企業を集めた異業種交流会を発足
2001年(平成13年)
ISO14001の認証取得
2002年(平成14年)
セキュリティー事業を立ち上げ
2004年(平成16年)
ISO9001の認証取得
2009年(平成21年)
創業100周年を迎える
2012年(平成24年)2月
現住所に本社を移転

 

歴代の社長
朝吹 常吉   自 明治42年 1月 至 大正 2年 3月
中上川 三郎治 自 大正 2年 4月    至 昭和 4年12月
斎藤 積善   自 昭和 5年 1月    至 昭和40年 4月
中臣 勇夫   自 昭和40年 5月 至 昭和46年11月
草野 吉浩   自 昭和46年11月  至 平成元年10月
山崎 宗一   自 平成元年10月 至 平成11年 6月
露口 哲郎   自 平成11年 7月 至 平成16年 6月
嘉屋 正義   自 平成16年 7月 至 平成24年 6月
塩田 哲也   自 平成24年 6月 至 平成29年 6月

 

資本金の推移
大正 7年 7月   600,000円
昭和10年 5月  1,000,000円
昭和26年 8月  10,000,000円
昭和33年 4月 100,000,000円
昭和37年 4月 200,000,000円
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